「21世紀型のビジネスに重要なカスタマーサクセスを科学する」合同会社sasket 山田ひさのり氏インタビュー
#インタビュー記事
2024年6月19日
山田ひさのり氏プロフィール
合同会社sasket 代表
大学卒業後、ゲームプログラマーとしてキャリアをスタート。その後Web開発のPG/SEを経て、スタートアップのビジネス開発に興味を持つ。 KLab株式会社でモバイルゲームのプロデューサーや新規事業開発の部長を歴任後、 2013年「世界を変える新たなビジネスを」という考えに共感し、Sansan株式会社に入社。エンジニアリング知識とビジネス開発の経験を活かし、SansanのプロダクトアライアンスマネージャーとしてSansan Open APIの開発に従事。 その後、カスタマーサクセス部のDXと既存顧客へのマーケティング強化を推進。現在はsasket LLCとして、Sansanをはじめ多くの企業のカスタマーサクセス支援を行っている。2020年7月、Sansanのカスタマーサクセスのノウハウを集約した『カスタマーサクセス実行戦略』を著作。
Q.山田さんの経歴を教えてください。
大学を卒業する1999年はネットが出てきたぐらいのタイミングだったので「IT、インターネットが来るな」と思っていました。まだSE(システムエンジニア)という言葉がなかった時代です。大手への就職も検討しましたが、つまらないと思ってしまい、元々エンタメが好きだったこともあり、ゲームプログラマーとして東京で就職しました。
当時はプレイステーション2のゲームやゲームライブラリーを作っていました。基本的にゲームを作成する仕事がメインでしたが、一部、ミドルウェア開発という事業にも携わっていました。
その後、docomoのiモードが流行り始めて、iモードビジネスの求人が沢山出されていたので、Webサイトを開発する会社であるKLab株式会社に転職をし、プログラマーとして入社した後、プロジェクトマネージャーも経験しました。当時若者の間でブームだった「着うた」サイトの開発ヘッドも担当していました。
KLabでは当時ASPと言われる月額チャージのリカーリングビジネスに参入しており、私はASP事業のセールスマネージャーを一時期担当していました。その際、メンバーである12人のセールスの連携がなかなか上手く行かず、参考になる企業がないか探していた際にSansanを見つけて契約をしてみました。そこでSansanの良さをしみじみと感じていたんです。
再度、転職を検討をしていた時、知り合いのエージェントさんに紹介してもらった転職候補リストの中にSansan株式会社が入っていたんです。Sansanのサービスは良いサービスだと思っていましたし、情熱を持って営業されていたので、プロダクトに誇りがあるんだと感じていました。
そこでSansanへの入社を決めました。入社後は名刺をデジタル化する部隊の開発マネージャーとして入社しました。当時は名刺情報を人が見て間違いを潰すような仕組みでやっていました。Sansanもすごい伸びていた時期なので名刺情報が1日数十万枚ぐらい届いてくるので、そこを効率化するためのマイクロタスク化を進めていきました。そこからいくつかの部署を経て、カスタマーサクセス部に配属されて、カスタマーサクセスに出会いました。
現在はsasket LLCとして、多くの企業のカスタマーサクセス支援を行っています。
Q.実際カスタマーサクセスは初めての経験だと思いますが、当初はどうでしたか?
以前にもエンジニアからビジネスサイドへの転身を経験していたので、異なる業種の仕事には慣れていました。
当時のSansanのカスタマーサクセスの仕事は、とにかく初期名刺を取り込んでもらうことでしたが、徹底度が低かったり、取り込んだ後になにをするかの解像度も薄い状態でした。
まず最初に行ったこととしては、業界の情報収集やキャッチアップです。「カスタマーサクセスとは何か?」を理解することから始めました。まずは海外の文献を読んだり、ウェブで調べながら学び始めました。何をやることが正解なのかを常に考えながら情報収集をしていました。
Q.カスタマーサクセスにどっぷりハマっていったのはなぜですか?
2018年ぐらいから国内でカスタマーサクセスの概念が流行り始めて、自分でもカスタマーサクセスをやっていくうちに徐々に面白いなと感じていきました。
元々ビジネスを科学することが好きで、再現性を持たせることに興味があったため、カスタマーサクセスは、セールスやマーケティングのように歴史も長くなく、学術的にも深耕されていなかったので、カスタマーサクセスを掘っていくことに面白さを感じました。
世の中的にもカスタマーサクセスの必要性が増しているタイミングだったので、トレンドと自分の取り組みが噛み合ってきました。
Q.独立のキッカケと事業内容を教えてください。
Sansanを卒業する2020年にSansanでのカスタマーサクセスのノウハウを集約した『カスタマーサクセス実行戦略』を出しました。そこから定期的にカスタマーサクセスに関する相談をいただくようになり、もしかしたら仕事になるかなと思っていました。
事業内容は、カスタマーサクセスに特化したアドバイザリー/コンサルティングです。
基本は私1人で行っているので、「どういう風にしたらお客様のチャーンが減るか」「どういう風にしたらエンゲージメントが高まるか?」という大筋をご教示する顧問的な立場で契約をすることが多いです。
支援は顧問型とプロジェクト型で分けており、顧問型は、月に数回壁打ちの相手になっています。プロジェクト型は、オンボーディングが上手くいかないお客様の手助けや情報基盤構築の実装などのお手伝いを3ヶ月〜5ヶ月ぐらいのスパンで行っています。
クライアントとしては、上場しているSaaS企業が1/3、スタートアップ企業が1/3、そしてカスタマーサクセスやりたいけど何から始めれば良いかわからないという大手企業が1/3の割合を占めています。上場しているSaaS企業はお付き合いが3年間と長期的に関係を持たせていただいています。その中でも結構悩まれている企業が多くて、大所帯ならではの悩みがあります。
Q.カスタマーサクセスの素晴らしさ、重要さを教えてください!
カスタマーサクセスが21世紀型のビジネスにフィットしているということですね。
大量消費社会、大量生産社会が20世紀で終了して、今後は資源にも限りがあるので、SDGsなどを中心にもう少し賢くスマートに生きていかなければいけない時代だと思います。長く賢くビジネスを行っていく場合、消費型・所有型ではなく利用型・活用型という方向にビジネスへシフトしていかなければいけないですよね。
カスタマーサクセスは「お客様に買ってもらった後、どうするか」という点で整理されることが多いですが、私の中では所有から利用へのビジネスのトレンドを上手く回すためのコンセプトと捉えています。
要は、所有だったころは所有したあとはお客様がどう使おうとお客様の自由でした。
車を例にすると、事業者側は車を売ったらそれで終わりで、お客様は車を買った後はお客様の自由。ところが「今の時代に車を持つのはどうなんだろう」と考える方が多くなり、「借りればいいじゃん」と考えるようになったら、それは所有じゃなく利用型になるので、もう1度利用してもらわなければならない。そのためには良い体験やお客様に成果を与えないといけないという考え方になります。
購買という概念から、何度も利用していただくためにどうしたら良いか。という考え方に変わっていきます。売った後をお客様の自由にするのではなく、「こういう風に使ってみてください」とか「あなたのライフスタイルに合わせて、こういう風に活用されてはいかがでしょうか」みたいな提案になってくると、お客様からしても好感を感じてもらえるかなと思います。
お客様に購買後のことを任せていたことを、ライフスタイル/ビジネススタイルに合わせてお客様ごとに提案するような形にシフトしてきている。それを体現するビジネスコンセプトがカスタマーサクセスだと思っています。
Q.カスタマーサクセスは現在SaaS業界で主流となっていますが、今後は他の業界にも広がっていくのでしょうか?
様々なビジネスに広がっていくイメージです。
例えば、私はコールセンター関連の方々とも繋がりがあるのですが、コールセンターの業務は生成AIに80%近く置き換わっていく未来が想定されています。
コールセンターの中でも、商品の追加購入の提案やご契約いただく前からご契約いただいた後までの体験を一貫して対応したりするような人たちが20%ぐらいいるので、生成AIに置き換わった分の仕事は、こういった提案をする人たちにシフトしていくのではないかと考えています。
例えばドモホルンリンクルは、どうお客様のライフスタイルにあわせて使ってもらえるかを提案しているので、結局リカーリングビジネスですよね。
呼び名はいろいろあると思いますが、カスタマーサクセスは特別なものではありません。コールセンターは元々製品の購入手続きのみを担当していたところが、今では問い合わせを受けてから提案型に変化しているように、コールセンターやカスタマーサポートと言われていた部署が軒並みカスタマーサクセスという名前に変化しているんです。
部署の名前の変更は、口開けて仕事を待っている時代ではなく、お客様と長期的な関係性を構築していくために、こちら側からどんなアクションを起こす必要があるのかということを考えさせる経営側からのメッセージだと思います。
Q.山田さんから見てCS業務を行う上で大切なこと、高いパフォーマンスを発揮しているCS組織の特徴など教えてください!
CS業務を行う上で大切なことは、顧客基盤をいかに整理できるかです。
新規のお客様と既存のお客様の最大の違いは、お客様のデータの量になります。やはり既存のお客様だとプロダクトやWEBサイトを触っていますし、商品も買っているので、データ量は非常に多いです。
ただ、データを上手く活用してCS業務を行っている会社はまだまだ少ないんですよね。そのため、プロダクトドリブンでお客様の情報基盤を作って、自分たちのビジネスに活かせている会社は、高いパフォーマンスを発揮している印象です。
そもそもプロダクトやサービスを提供している上でお客様がどう利用しているのかという情報が、ビジネスの示唆を与えてくれるので、情報を適切に分析すると、次の手も打てるはずです。
カスタマーサクセスは豊富な既存顧客のデータをいかに活用していくかが重要で、お客様にきちんと成果を与えたり体験を改善することも、結局データがないとできません。
そのため、きちんとデータを見れて且つ活用できてる会社は成果を出している印象があります。
Q.現在のCS業界について課題に感じている事はありますか?またその解決方法などで考えてらっしゃる事があれば教えて下さい。
課題に感じている事は、先ほど話した所有型から利用型になった際の部門間の連携です。セールスやマーケティング、そしてサポート部門と色々ある中で、部門間が有機的に協力し合ってビジネスを回していくことが必要だけどできていない。この点が特に課題だと感じています。
例えば、カスタマーサクセスで得たお客様のサクセスストーリーやアウトカムの在り方は、マーケ部門で活かしてこそ意味がありますが、実際にできていないところが多いです。
部署間の連携ができていない原因は、タレント不足の問題も大きいと思います。マーケティング・セールス・カスタマーサクセス・プロダクトの知識を高度なレベルで持ってる人は多くないので、どうしても部分最適になってしまいます。例としてはCRO(チーフレベニューオフィサー)が一貫性を持って事業全体を回さないと部署間の連携は解消されていかないと思います。
あとはKPIマネジメントの観点でも、評価体系のことを考えると、部門最適にしておいた方が人事評価が作りやすいので、会社の経営としてはやりやすいですよね。なので最終的には人事評価の問題もあると感じています。
Q.最近のCS業界で注目している動きやトレンドはありますか?
最近のCS業界で注目しているのは、カスタマーセールスです。カスタマーサクセスは役割が多すぎるという問題を感じています。カスタマーサクセスがやるべきことの1つがセールスです。カスタマーサクセスの仕事は主に3つあると考えています。
1つ目がアウトカムマネジメントで、お客様に成果を与えることです。
2つ目がチェンジマネジメントで、お客様のオペレーションや意識、企業の文化を変えることです。新しいプロダクトを導入する際に今までの組織やビジネスをしっかり変えていきましょうと啓蒙をします。
3つ目がアカウントマネジメントで、お客様との関係を構築してセールスを行っていくことです。
この3つをカスタマーサクセスが行わなければいけない。ただ、この3つは求められる要件が異なる中で3つを並行して行うのは難しい。
そのため、カスタマーサクセスの中の業務を分けていくことがトレンドになっています。その中でも特に難しいのがセールスです。一般的なカスタマーサクセス組織は、営業のクロージングや価格交渉に対応するアカウントマネジメントは弱く、アウトカムマネジメントやチェンジマネジメント側に寄る傾向があります。
カスタマーサクセスとして、お客様のことをしっかり理解しお客様が求めるアウトカムも把握した上でセールスのクロージングまでいける人間をどう育成していくのかが大きな課題だと思います。この解決策として生まれているのがカスタマーセールスというポジションなので、私も興味を持っています。
Q.CS業界の中で注目しているサービスがあれば教えてください!
BPaaSの仕組みが面白いと思ってます。SaaSを提供するのと同時に、SaaSを運用するリソースまで提供するモデルは今後伸びていくと感じます。いまはまだ最適な形が見つかっていないように感じるので、私も「最適な形は何なんだろう」とよく考えています。
BPaaSの中でも労務関係を特に注目しています。労務関係は、サービスを稼働状態にするのに1ヶ月ほどかかるため、その間はお金だけを払っている状態です。サービスの使い方を覚えたとしてもお客様のスキルアップには繋がりにくいので、サービスの仕組み化に取り組んでくれる人とセットでサービスを提供した方がお客様のためになるなと思います。
社内で雇うのではなくSaaSと一緒に運用してくれる人を提供してくれたら、みんなが得意な領域に対してより集中できると思うので、生産性も上がっていくと思います。
Q.これからの目標を教えてください!
今後、カスタマーサクセスの協会団体を立ち上げ、カスタマーサクセスの標準を作っていく活動をしていく予定です。その後は、海外のカスタマーサクセスのカンファレンスで日本の代表として参加をしてスピーチをする夢を持っています。
やはり大企業の方からカスタマーサクセスは何から始めれば良いかわからないという相談が多いため、「こういう考え方で、こういうことを、こういうレベル感で始めれば良い」というような標準を作れれば、多くの人の助けになれると感じています。
カスタマーサクセスは21世紀型ビジネスと相性が良いため、一過性で終わるとは思っていません。カスタマーサクセスという言葉はもしかしたら変わっていくかもしれませんが、概念やコンセプトは引き継がれていくと思うので、カスタマーサクセスの標準をしっかり残して、カスタマーサクセスを学ぶ人達が適切に学べるような環境を作りたいです。
ーーー山田さん、ありがとうございました!
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